いろいろ体験、表現いろいろ。放課後等デイサービスからふるしーど。

「芸」という表現

「芸(藝)」という漢字の成立ち

「芸」という字は実は略字で、旧字体は「藝」と書きます。草かんむりと「云」の間に「執筆」の「執」という字があり、手にもち執り行う、という意味があります。つまり「芸」という字は「草木を植える」様を表します。まさに「園芸」を表していますね。しかし、「芸術」「芸能」という使われ方をするのはなぜでしょうか。

太古の昔、まだ、文字や言語が体系化していなかったころ。誰かが松やにのたいまつを片手に、洞窟で壁に絵を描いたとき。その人は、ことばにできない想いを、夢中で形にしていく…。それは、何か美しいものに感動したのかもしれない。大切な誰かを失って苦しい想いだったのかもしれない。楽しい、悲しい、信じる。愛する。怒り。憂い。安らぎ・・・。そんな想いを何とかして表したかった。そして、その表現が様々な芸術となり生み出されていった。

そこには彼らの溢れる想いがあり、それに向き合い、共鳴し、観る者の心に突き刺さる。そして何かが芽生え、新たな世界がまた生み出されていく。まさにその様子は、種を蒔いたり、草木を植え、慈しみ育てることに似ているのではないでしょうか。そして、「草木を植えること」を意味する「芸」という文字であらわされるようになった、そう言われています。

ある画家の方は『他人と仲良くやるための知恵』が芸術であると定義し、「芸術は人が人に対し問いかけ、伝達不可能と思える内容のコミュニケーションをすること」と述べたそうです。私はこう感じる。こう見える。こう聞こえる。あなたは?そんな表現の形こそが、「芸術芸能」の分野にはある。それを、太古昔の人から時を超え、私たちに「あなたはどう思う?」そう問いかけられているような気がします。それぞれの答えを導きだそうと模索する。自分すら想像だにしなかった発見や、感情が生まれる。一人一人の想いが、感性が、芽生えていく。その過程を楽しむ。そしてそれは、自分を解放し、自分の表現となり、自身の肯定と、自信に繋がっていくのです。

自信は、更なる姿勢を生み、そこにはもう止まることのない躍進力が発生し、自分の人生を、より良い未来へと具体的に進めていくことが出来る「生きる力」が育まれていきます。